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リ・アルティジャーニの“アルテ“について
アンドレア・デル・ヴェロッキオ、トビアスと天使、
ロンドンナショナルギャラリー、1470-1480
ここにイタリア・ルネサンス期の画家、アンドレア・デル・ヴェロッキオによって描かれた≪トビアスと天使≫という絵画があります。ルネサンス時代を読み解くにはこの絵画を切り⼝に始めるのが良いでしょう。
この≪トビアスと天使≫には左から⼤天使ラファエル、その⾜元に⽝、そして⿂を持った若き⻘年トビアスが描かれています。この絵画は紀元前 2世紀から存在する旧約聖書の外典トビト書に記載された物語を基に描かれているのです。この物語は古くから読まれてきましたが、ルネサンス期に⽬⽴って流⾏しました。それは何故なのでしょうか?
「信⼼深いトビアスの⽗は遠く離れた⼈にお⾦を貸したまま、ある⽇視⼒を失ってしまいます。そこで若き息⼦のトビアスが⽗の代わりに資⾦回収の旅に出ることに。トビアスは⼤天使ラファエルのお陰で旅を順調に周り、資⾦回収を無事完了させて帰る事ができました。⼤天使に⾔われた通り、途中捕まえた⿂の胆嚢をすり潰して⽗の⽬に塗ると、⽗の⽬が再び開きました。」
⼀⾒普遍的な物語のように感じますが、この物語はルネサンス期を⽣きるある特定の職業に就く⼈々の⼼の⽀えとなったのです。それは⾦融業と密接に関わっています。
当時キリスト教では⾼利貸しは強く禁じられていました。そのためキリスト教信者達は互いに顧客になることが出来ず、キリスト教信者を客に持つユダヤ⼈がお⾦持ちになる、という構造が⽣まれていました。だからルネサンス期の画家クエンティン・マサイスによる《金貸しとその妻》ではユダヤ⼈的⾵貌で両替商が描かれているのですね。
クエンティン・マサイス、⾦貸しとその妻、
ルーヴル美術館、1415
それ等を理由として、キリスト教信者達の利権を守るために両替商という職業が誕⽣する事となりました。彼らはフィレンツェの硬貨フィオリーノと、ヴェネツィアの硬貨ドゥカートの⼆通貨間で両替を⾏います。両替ならセーフなのです。また、彼らはパリやイスタンブールにも⽀店を持っていたため、そこでも取引が⾏われていました。そうすれば必然的に⼤⾦が⼈の⼿によって移動することになります。当時は今と違って現⾦がそのまま持ち運ばれるので、両替商は気が気じゃありません。従業員はもってのほか、⾝内以外誰も信⽤できないので、彼らは≪トビアスと天使≫に準じてあろうことに⾃らの⼦達に⼤⾦を運ばせていたのです。そうして≪トビアスと天使≫は両替商にとって都合の良い願掛けの主題として、画家に描かせる事となっていったのです。つまり、それまで貴族や教会だったパトロンという⽴場になり得るだけの財⼒を、彼らが有していたという事になります。
そして両替商以外にもこうした事象が、繊維業・公証・医薬・鍛冶 etc…にもみられるようになりました。彼らは発展に伴いアルテ(ギルド)という同業者組合を⽴ち上げます。リ・アルティジャーニのアルテはここから来ているのですね。彼らは価格カルテル(デフレ対策の最低価格決定)や許認可システム(売上降下防⽌に許可されたお店のみ開店)などを規則化していきます。すると、それまで教会と君主+騎⼠階級及び貴族が⽀配していたところに経済⼒の上がったアルテが台頭し、都市運営が⾏われ⾃治都市国家コムーネが誕⽣しました。コムーネを作る際、お⼿本にされたのが古代ローマの共和制の仕組みとなります。こうしてルネサンス(復活)が古典古代の⽂化を復興しようとする⽂化運動と称される理由の⼀つが垣間⾒えたのではないか、と思います。ヤマザキマリさんはリ・アルティジャーニを通して当時⽣きた⼈々の⽣活感覚、そして変動していく社会を描いているのではないでしょうか。漫画に描かれる背景や⼈々は、ルネサンス期を研究している研究者達も唸るほどのクオリティです。
まだ未読の⽅は単⾏本にもなりましたので、ぜひお⼿に取ってみてくださいね。